nezi-maki soundsystem blog

nezi-maki soundsystem(ねじまきサウンドシステム)というバンドをやっています。そのニュースや所感。

【51音と私】と-東京ビッグサイト

その日、株式会社三浦の堺裕二は、東京ビッグサイト東ホールのブースで、しきりに深呼吸をしていた。株式会社三浦は、医薬品の製造に必要不可欠な「混合機」と呼ばれる設備の、開発・製造・販売事業を全世界で展開している。知る人ぞ知る、ものづくり企業だ。堺は同社の研究開発部門に所属しており、入社して4年になる。勤続年数が浅いこと、一方で技術の知見が深いことから、上司からの指示で展示会に駆り出された。


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堺は、壁を覆う複数のパネルや、デモ操業中の混合機、商談用のテーブルから成るブースで、混合機の陰に隠れるように立っている。肩を上下に揺らしながら深呼吸をしている理由は、どうしようもない怒りだ。

幼い頃から父母に愛情を注がれて育った。父親の「人の役に立つ仕事をしてほしい」という想いを背に、関西の国立大学の工学系大学院に進学。粉体や流体の力学に魅せられた彼は、第一希望の株式会社三浦に難なく入社した。以後、製薬分野の研究室に配属となり、1人の上司、上司を含めて8人の先輩研究員とともに、どうすれば粉がよく混ざるかを考えて暮らしている。独身で、休みの日はよく一人で映画を観て過ごす。

堺が提案した、新たな技術を採り入れた混合機は、従来の、箱型の金属タンクを傾斜させて回転させる方式と異なり、楕円とも、菱形とも、螺旋とも言い難い、メビウスの輪を思わせる複雑な形状のタンクを持っている。このタンクは彼にとって、一つの達成だった。上司と掛け合って手に入れた、いくつものPCをフル活用して粉体の流れを計算し、安価な金属加工で製造できる工法を探り、最適な形状を生み出した。ブースは言うまでもなく、多くの来場者で賑わっている。

堺の怒りは、要約すると「よりによって俺が、なんでこんな、おっさん同士のお見合いパーティみたいな場所に放り込まれないといけないんだ」というものだ。彼は人を嫌いではなかった。人と人とを混ぜる目的を持つはずの主催社の、設計の稚拙さに、怒りを感じたのだ。これじゃあ、混ざるものも混ざらない。

ブースを訪れる人間は、堺が首からさげたカードをしげしげと眺める。カードには自分の名前と身分が書かれた名刺が貼ってある。まるでダックスフントにでもなったような気分だ。俺が、どれだけ短時間でコストをかけずに粉と粉を混ぜる方法を、毎日突き詰めて考えているか、知っているのか。洗浄やメンテナンスも、この形状のおかげで楽になったんだ。これは、ちょっとした物なんだ。

通路からボロボロのスーツを着た男がやってきた。どうせ冷やかしだろう。「こんにちは、月刊医薬業の大山と申します。お世話になります…」記者。客にはならない。営業も、広報も、遠くで別の客と話している。俺が対応しないといけない。こんなにおかしな人と人との出会いが、他にどこにあるのか?

その頃、排水処理装置メーカー、ジュラシック株式会社のブースではプレゼンテーションを終えたばかりのキャンペーンガールの三崎佳代が、ブースのパーティションに隔てられたスペースで休憩を取りながら、自らが説明したばかりの排水処理技術を理解しようとしていた。

三崎は思った。「一体どんな人が、自分は排水処理で生きていこうなんて考えるのかしら」。彼女はダンス音楽、特にミニマルテクノが本当に好きだ。平日は仕事の合間にSNSでイベント情報に目を通し、週末は気になるイベントに行って酒を飲み、踊り、居合わせた人と語らう。これで日々の憂さを晴らすことができる。音が清潔だからだ。綺麗な音を浴びながら踊っていると、日々壇上で説明しているヘンテコな機械や、その開発者と名乗る浮世離れした男達のことを忘れられる。

これまでこの仕事で、色んな服を着た。銀色や青や赤、こぞって近未来的な服。色んな手触りのパンフレットを配ったし、色んな資料を読んでプレゼンテーションをこなした。持ち前の太くしなやかな声(叔母から、山口百恵に似ていると褒められたことがある。先日、YouTubeで初めて観たが、悪い気はしなかった)も評価されて、定期的にプレゼンテーションのステージに立っている。

しかし、そのほとんどについて、どこがどのように素晴らしい商品なのか、さっぱり分かっていない。今日説明した排水処理システムは薬品や水、電気の使用量を抑えられる。プラントのコンパクトさが性能を裏付ける。熱の制御もダントツ。一体、何の話をしているのだろう?

この時、医薬品製造装置メーカー、高気密技術工業株式会社のブースでは騒ぎが起きていた。人体に悪影響のある薬品を隔離して扱うための、箱型の機器を展示していたところ、来場者が箱の中に倒れている小さな瓶を発見した。瓶の口から白い粉がこぼれている。さらにデモ展示のためか、上部にあるべき天板がなく、薬品は外気にさらされている。

いくら何でも本物の薬品を入れて展示はしまい。これを冗談めかしてブースの説明員に告げると若い説明員は、大声で「え!…のこっ…残ってた!」と叫び、シャツの袖を口に当てて一旦退き、周囲に、離れて!逃げて!と叫びだした。「原薬!」「吸ったら危ない!」

遠くから声が聴こえる、何かあったのかとロボットメーカーである株式会社田中製作所の社長、田中信三は思った。自社のブースの椅子に腰掛けている。もう一日中、メーカーやら商社やらマスコミやらに同じことを話し続けて、くたびれたのだ。周りの若い連中も、私が見ているから元気そうに振る舞っているが、明らかに疲れが滲み出ている。最終日なのだ。これが終わったら、物品を会社に運んで、皆への労いに缶ビールでも買い与えよう。

週明けにはメールも送らないと。と考えていたら今度は近くから悲鳴が聞こえた。見ると、自社の、細胞培養容器を運ぶ新型アーム式ロボットが異常なスピードで動き出し、次々と容器を持ち上げては、培地替わりに入れていた寒天を周囲にまき散らしている。通路を行き交う人々、向かいのブースの男にも、左隣の混合機にも等しく寒天が降り注ぐ。疲れ切っていた田中は当初、その光景を見ながら何事かを理解できず「みぞれのようだ」と思った。

大手エンジニアリング企業の株式会社東名でも怒声が。「何で商談スペースに、コンドームが落ちているんだ!」

株式会社三浦の堺は、寒天を振りほどくように流麗に回転する新型混合機に見とれていた。自らの頭から腰にかけて、微細に砕けた寒天がいくつも付いているが、そんなことは気にも留めず呟いた。「あの形なら外部からの汚染だって素早く振りほどくことができるのかもしれない。これは想定外ながら、何か応用できないか。」

三崎佳代はブースの脇で、今夜、どのイベントに行こうかと考えていたところ、突如、寒天が飛来したため、危うくこれを避けて、ロボットを見やり、その主らしき田中製作所の田中信三のところへ怒り心頭の様子で歩きだした。早く機械を止めなさいよ。

堺は、一様にハンカチで口を抑えている人々から「逃げろ!逃げろ!」と促された。何かが起きている。

東名のブースではコンドーム放置の原因調査が始まっていた。なぜよりによって、大事な大事な商談スペースに、未使用のコンドームが。

問題の、高気密技術工業のブースにはガスマスクを装着した警備員が到着した。彼は「離れて!逃げてください!」と叫び、箱型の機器を確認した。あの中の粉か。壁のパネルを剥ぎ取って、天板替わりにかぶせてガムテープでも貼ったらどうだろう。

キャンペーンガールの三崎は田中信三に怒りをぶつけようとした瞬間、後ろから強く手を引かれた。現場でよく出くわす、同業の田代だ。間髪入れずにホールの外に出るよう促された。「毒がまかれてるらしいよ!」

堺も取引先の技術者の女性から、委細は不明ながら、抗がん剤の話を聞いた。彼女は恐ろしく早口に説明した後に、ブースを去っていった。東京ビッグサイトで、そんなことがあるものなのか?身の危険を感じるという以前に、様々な人間が、通路を押し合いへし合いして出口に向かう様子に気をとられた。

白いポロシャツの老人も、黒いスーツの若い女も、白いシャツと青いスラックスを着た若い男も、銀色のキャンペーンガールも、緑色のシャツに灰色のベストを羽織った老婆も、深い青色の作業服の男も、赤色のキャンペーンガールも、皆が、われ先にと出口に向かう。各々が各々を追い越しながら。

つんざくような歪んだ声がホールに響いた。場内アナウンスだ。「先ほど、人体に悪影響を及ぼす可能性のある、抗がん剤と思われる粉体が、場内に曝露しているとの通報を受けました。直ちに係員が確認したところ、その粉体は、出展社がディスプレイ用に持ち込んだ塩化カルシウムであり、人体に影響はないことが確認されました。繰り返します…」


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堺は、赤や白、緑、灰、青の動きが一斉に止まったことに気をとられ、二度目のアナウンスでようやく事態を把握した。目頭を押さえて少しした後に、片付けの準備を始める。脳裏にはずっと、人々が出口に殺到した時の光景が反復していた。

ホールの外にいた三崎は肩をがくんと落とし、田代に「迷惑な話ね…」とだけ伝え、自らのブースに戻っていく。

東名のブースには、まだ人が戻っておらず、未使用のコンドームだけが置かれている。

皆が、小規模なパニックに陥ったことへのバツの悪さを抱えていたが、最終日の夕方だからか、場内の空気はどこか打ち解けたような高揚感を湛えていた。

そこへ蛍の光が流れ始める。深い青色の作業着を着た男達が、すべてを洗い流すようにホールに入ってくる。深い青によって、白や赤、緑など色とりどりのブースが解体されていく様子を、堺は、ずっと眺めていた。