nezi-maki soundsystem blog

nezi-maki soundsystem(ねじまきサウンドシステム)というバンドをやっています。そのニュースや所感。

文庫本と宇宙船

先日、土曜日にDJマイミクさんにお誘い頂いてDJをした。大変に楽しく、もう大盛り上がりだったのだが、朝起きたら携帯電話が故障していた。充電とかメール着信とかを伝える左上のライトは光るものの、ディスプレイがつかない。寿命だったのだろう。

 

携帯がないと、今や道にも迷うので、日曜の昼に、業者に新しい端末との取り換えを頼んだ。すると月曜、職場に行こうというタイミングに、もう新しい端末が来た。その朝は「今日は一日携帯を見ずに過ごすぞ」と気張っていたので、結局、届いた新しい携帯は部屋に置いて、文庫本を一冊(ポールオースターの『オラクルナイト』)をポケットに入れて出かけた。本は、半分くらい読んだかなというところで持っていった。

 

その日は、移動や休憩の時間は携帯の代わりに本を読んで過ごした。通常なら携帯に手を伸ばしていたろうなという時、手を伸ばすと文庫本があり、続きを読むようにした。すると、思いのほか読み進むことができて、夕方には本を読み終えてしまった。それだけいつもはネットを読んでいたのだ。

 

Kindleアプリで読めばいいのに」という御仁はおわかりになっていない。ここだけの話、携帯電話端末というのは本質的に邪悪なのだ。何度繰り返しても言い過ぎではない、ここだけの話だが、携帯電話端末というのは本質的に邪悪なのだ。そう、気を抜くと他人事を届けてくるのだ。見ちゃうのだ。

 

物理的選択肢として携帯と文庫本を持つのはいいと思う。若干持つべき荷の重さが増えるが。「持ってきたんだから文庫でも読むかな」となる。

 

さもないとネットを見てしまう。今日だって見た。JASRAC、トランプ、恵方巻き、JASRAC、トランプ、恵方巻き。これに対抗するために今はチャンドラーの「プレイバック」を携えているので、何とかサンディエゴで起きる事件とか、官能的なやり取りとか、「初期の村上春樹清水俊二に足向けて寝れないな」というさばさばした文体なんかを楽しめている。

 

今回、わかったのは、こうして本でも読んでいる間は何の問題も、問題設定も、論点整理も、筆者の意見も与えられず、自分の考えとの照らし合わせも、自分の意見の考案も、自分が過去考えたこととの整合性の確認も、意見の表明も、その表明をしたら嫌がる人の有無の調査も、必要ないのだ。もちろん小説で提出される問題はある。でも多くはニュースが提供する問題とは風合いが違う。探偵小説なんかになると提供される問題はゼロに近い。

 

もちろん世の中問題だらけだ。トランプのニュースをみると、我々のような有色人種はことによるとリンチされたり殺されたりする事件が起きるんじゃないかとも思う。人を締め出すということは、残る同類をどうにでもできるということだ。

 

ところがその後ろに、JASRACも、恵方巻きも、バイトのペナルティも、ファミレスの深夜営業中止も押し寄せてきている。とりあえずトランプだけにしておきたい。手に取れる問題は一つくらいだ。

 

そんな人には何しろ文庫本がオススメだ。宇宙船が船外と船内の間に部屋を設けるように、文庫本を差し挟む。するとこれまではシュポッと問題だらけの真空に放り出されていた生活が、何とか船内にとどまれる生活に変わると思う。

※今回の投稿は暇な人のためのものだ。忙しくて日常、何か読む暇もない人はここまで読ませてごめんな。また会おうぜ。