nezi-maki soundsystem blog

nezi-maki soundsystem(ねじまきサウンドシステム)というバンドをやっています。そのニュースや所感。

意欲と戦争

nezi-maki soundsystemではじりじり録音を進めています。昨日はよしえ君のバイオリンを録った。録音は続きます。

 

https://www.instagram.com/p/BS5ld9DDxbi/

 

そして私(小山)のソロライブも決まりました。5月16日(火)の夜。下北沢ろくでもない夜、という名前のライブハウスで、ギターで弾き語りをする予定です。

 

http://69demonai46.com/access/

 

今年はバンドの活動を進めて、ソロライブも増やして、さらに全く毛色の違う音楽の製作もやっていくので、ライブに来たり音源を聴いたりしてもらえたら幸いです。

 

ここからブログ。最近、渡辺一夫という人のエッセイ(「狂気について」)を朝、風呂に入りながら読んでいる。昔は本を大切にしていたのだが、いつしか朝、風呂で安い文庫本を読むのが習慣になってしまい、特に「狂気について」は面白い文章ばかりなので何度も読んでいる。渡辺一夫という人は戦後活躍した、欧州の文学とかルネサンス文化の研究者だそうだ。僕にとってはこのエッセイを書いた人、良いことを書く人、という存在だ。

 

この本に引用されている一節で、印象深いものがある。それは「宿命とは、我々が意欲した結果であり、さらにしばしば我々が意欲し足りなかった結果である」というようなものだ(今バーミヤンに居るので正確な語句は確認できない)。作家のロマンロランの言葉だそうで、ロマンロランは読んだことがないが、含蓄がある気がする。

 

昨日は一日中、北朝鮮のニュースが黄砂だかPM2.5だかのように世間をモンヤリと覆っていた。昨日の僕は暗かった。スタジオに行くまで。そして、この一週間ほど、米朝関係のニュースがあると、何ともドンヨリした。

 

よく、お菓子を買いに行くマツモトキヨシがあるのだが、そこには膨大な商品が陳列されている。棚の前に立ちながら、それがすべて灰になる、あるいは灰としてさえ残らないなんてことになったら、何て虚しいんだろう、まあ、そんなことにはならないだろうけど、でも冷戦時代の人はそんな気分だったのかしら、いや、そうでもないのかしら、というような、変なことを考えた。

 

こういうときに「我々の意欲し足りなかった結果でもある」という言葉はグサッとくる言葉だと思う。平和をもっと意欲せよと言われているように思う。もしコントロールしようのない事態だとしたら、コントロールを意欲せよと言われているような気分だ。市川海老蔵さんが「米朝で勝手にやれ」と言って炎上しているそうだが、わからんでもない。私生活で同じような対立があったら、あんな野蛮な連中、どちらにも関わりたくない。そもそも、こういうときにコネや何かで北朝鮮の中枢と話ができる政治家が日本にいないのは寂しいことだ。キムとトランプを握手させるイノキ、ということが実現したら素晴らしいのになと思う。

 

意欲し足りなさというのは、このように、集団においては歴史を運んでいくような大事なものに思われるため、各方面で集団に何かを意欲させようと啓蒙や提言がなされる。Twitterアプリのニュースタブなんかを開くと、いろんな意欲たちが絢爛と咲き誇っている。

 

一方、個人にとっての意欲はどうだろうか。僕の例で言うと、意欲し足りないことが多い。思い通りに行かないことも多い。かといって毎日悔やんで生きていたら辛いので、何とかやりすごしたりして、個人としての意欲というのは、消えたり灯ったりしながら何とか存続していくものだと思う。もちろん、長い間、ずーっと思い通りに行っていると言う人もいるだろうけれど。多分、そういう人は覚醒剤とかをやっているのだろうと思う。

 

ここでまた本の話だが、内村鑑三という人が書いた「所感集」という本があって、これもたまに風呂場で読んでいる。この本は、100年前くらいに活躍したキリスト教徒で物書きの内村鑑三が、雑誌に書いていたコラムを若い頃から晩年までまとめたもので、一番最後の所感はこんな感じのものだ(まだバーミヤンにいるので厳密ではない)。

 

キリスト教信者の一生というのは歳をとればとるほど良くなる。晩年に一番の幸せを感じる。というのは、彼の計画がうまく行ったからでない。彼の計画はことごとくうまく行かない。にもかかわらず、同時に神の計画がなされていったからだ。」

 

こんな感じ。僕はキリスト教徒ではないが、この文章は、毎回、読むたびに良いことを言っているなと感じる。読むたびにゆっくりとしたサンバがフェイドインしてくる感じがする。そうだ。個人個人は、意欲のし足りなさを感じつつも何とか長生きして、神じゃなくても、何か大きな計画がなされていくのを眺めていった方が幸せだろうと思う。

 

面白いことに、内村鑑三もロマンロランも渡辺一夫も、非戦主義者、平和主義者だった。つまり、意欲しまくった人々なのだろう。戦争はよくないと言い続けることは難しい。戦争はよくない。

 

そんなこんなで僕もこのバーミヤンを出て、意欲を持って生きて、晩年には「計画」とか言って楽しくカルトーラでも聴いていたいと思う昨今だ。今回も長々とありがとうございました。

 

MV : https://youtu.be/2Ij8c4tlvQg?list=PLoWqAMIl1CVUIFY9KtqhhfpeOs_Tp_9qx

Twitter : @nz_mk