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nezi-maki soundsystem blog

nezi-maki soundsystem(ねじまきサウンドシステム)というバンドをやっています。そのニュースや所感。

インターフェイスについて

世の中で最も無益な行為というのはブログだろうと思う。ワインを飲みながら、おもむろに三つ折りキーボードを開いて、ケータイに書き込む。せっかくのお休みだ、と、あくせくしてしまうのは、コスパに囚われた行動だ。僕をごらん。さっきブログを書いたと思ったら、CDを買いに出かけ、戻ってきて本日2本目のブログを書いている。そして、いささかも後ろめたさがない。何たる贅沢。何たる時間の大盤振る舞いだろうか。


繰り返しになりますが、5月16日(火)の夜に下北沢ろくでもない夜というライブハウスでソロの弾き語りをします。詳細は後日。来てね。


ここからブログ。僕はこうしてブログなんか書いたり、Twitterに書いたりする割に、ニコニコ動画とか2chなんかは書き込んだことがない。こういうのは個人差があるようで、例えばニコニコと2chにしか書かないという人も居ると思う。

 

前にニコニコ動画のコメントをどうしても書けないということを言っている人がいて、そうだよねと思っていたら、あの匿名の言葉が弾幕になってくるところが、卑怯者っぽくて嫌だということだった。

 

確かにあのシステムは、人を攻撃する言葉が飛んでいたりすると、人間のいやらしさを感じる。一方で皆で楽しそうにしているときもあって、そういうときは、あのサービスが続いているのはこういうワイワイしたい欲求を手軽に叶えているからなんだろうなと思う。

 

その意味では、あそこには卑怯な振る舞いをしたい人が集っているわけではないのだろうと思う。コミュニケーションの場なのだ。2chなんかもそうなのだろう。

 

ちょっと遠回りな話をするが、僕の親戚で鶏卵農家をしていた家がある。今はリタイアしたのだが、僕も子供の時分、正月なんかにその家に行って、卵をケースに入れるのを手伝った。鶏舎にも行った。ご想像の通り、鳴き声はやかましいし臭いも凄い。たまにケージを飛び出した鶏が通路を飛び跳ねたりしていて、おっかなかった。

 

何となくニコニコや2chに書き込みたくない理由を考えてみると、色んな人の発言がパッと1画面にまとめられると、一人ひとりの心から出た言葉が、グリッドに押し込められ、並べられているような、全体的にけたたましい鶏舎のような印象を受けるからではないかなと思う。あくまで個人的に。

 

はてなブログに書くのだって恥ずかしいことなのだが、1画面に色んな人のコメントが並んでいる場に比べると、安心感がある。ただ、いくつも続けてブログを見ると、僕もあっというまに自分が鶏に見えてくる。

 

それを踏まえると、ある種のコメント画面というのは、卑怯な、ずるい場所である反面、人間らしく扱われていない場所だということも思う。個人的に。

 

これは匿名であるかどうかに限らない。例えば、NewsPicksというサイトがあって、ビジネスパーソンが、色んなニュースを共有して、ユーザーは自分の好きなビジネスパーソンの共有するニュースを知ることが出来る。もちろんコメント欄があり、ここには実名の、立派な大人がニュースについての感想とか提言をコメントで寄せている。

 

つまり、FACEBOOKの最もビジネスパーソンっぽい部分を培養したようなコメント欄なのだが、これもいくつか見ると、結局「何でこう、こんな忙しそうな人たちが、叫び合っているのだろう」という印象を受けてしまう。

 

午後2時。あなたの家に、かつて仕事上で付き合いのあったビジネスパーソンがやってくる。「紅茶、コーヒー、どっちがご希望ですか?」「おぉ、気が利くようになったじゃない。ありがとう。でも今カフェインは摂らないことにしているから、白湯をいただこうかな」といったやりとりを経て、お互いの近況を語る。仕事のこと家族のこと。そうして、雰囲気が和らいでいく中で、「そういえば、知ってます?ヤマト運輸が大変らしくて」。するとビジネスパーソンが口を開く。

 

ところが、あのパッと見のインターフェイスというのは、人の言葉を30件あるコメントの一つにしてしまう。あるいは389件あるうちの。もしあなたが液晶画面を眺め、素直な心で一つ一つの言葉を、あらゆる文脈を想定して精査していくことが出来たなら、多くの意見は妥当なものと感じられるだろう。けれどもインターフェイスが悪い。

 

例えばニコニコ動画のある動画に「佐川に転職しろよ」「再配達有料になったらアマゾン終了www」「アマゾンなくなったら俺餓死」という3つのコメントが投稿された。ところが、画面上には流れず、皆が集う日まで、コメント内容は分からない。

 

コメント投稿者や、動画投稿者、この動画へのコメントを確認したい人々が、翌週の日曜日にドワンゴのコメント確認室に集まる。参加者は皆、匿名性を担保するために、大きなキグルミの中に居る。そして動画投稿者が動画を再生し、コメントが初めて流れる。コメントを確認しに参加した観客は、それぞれ、ある程度匿名性を保ちながら自己紹介をし、なぜこんなことを投稿したのか訊く。

 

(一人目のコメントさん)僕は、もともとヤマト運輸で働いていたんです。当時は佐川さんのほうが忙しいって有名だったし、福利厚生なんかもヤマトのほうが良かったんで。でも本当に忙しくなってきたんすよ。通販で。で、話によると佐川さんもキツイらしいけど、今は幾分マシ、て噂があったんですよ。それで、佐川さんに行かれた方が、ドライバーさんは仕事が楽になるんじゃないかなって。

 

(二人目のコメントさん)私は、コンビニで働いているんですけど、夜間なんですね。いつオーディション入るかわからないんで。で、コンビニで物買うと高いからアマゾンでまとめて買ってるものとかも多くて。でも午後5時くらいにしか受け取れなくて、再配達も結構あったので。アマゾンが、あ、ヤマトが?再配達有料にしたらムカつくなって。

 

(三人目のコメントさん)私は遊び半分で書きました(笑)。なんか引きこもりっぽいこと書く人多いじゃないですか。ここ。で。自分も見てて面白くて、こういうの書けば受けるのかなって。そんな感じで投稿したら、なんかシステム変わったんですか?匿名のままだけも、一人ひとり集まって確認するシステムになった?らしいので。でもこのビル凄い大きいですね。

 

コメント確認者は特段異論もなく、お互いのヤマト運輸エピソードや、ドワンゴのビルの広さについて語らい、結構盛り上がった。みなある程度の礼節を持っている。夕方になると、キグルミを脱いだ汗だくの参加者が匿名性を守るため3分に一人の間隔で銀座に放たれていった。