nezi-maki soundsystem blog

nezi-maki soundsystem(ねじまきサウンドシステム)というバンドをやっています。そのニュースや所感。

ジャンルの細分化

昨晩、台所でお酒を飲みながらふと考えたことがあったので、酒を飲みながらブログを書いてみる。

 

僕が音楽を好きになる過程の中で、音楽雑誌は大きな役割を持っていて、そういう人も多いと思う。クロスビートやロッキンオン、ミュージックマガジンが本屋に売っていて、そこに載っているミュージシャンのインタビューなんかを、実家の台所でお茶のお供によく読んでいた。

 

そんな音楽雑誌でよく取り沙汰されていたのは「細分化」という事象であり、「新しい大きなジャンルの発生が困難」という事態だった。僕は「そうなのか」と思い、まあ人々の価値観や嗜好は多様化しているから、ラーメンのトッピングとか、携帯の料金プランのようにジャンルも枝分かれするのだろうと思った。

 

ところが、大人になって振り返ってみると、音楽ビジネスというのは普通に企業活動でもあったということをよく感じる。ジャンルの細分化にしても、個々人の嗜好の多様化と並行してジャンルが細分化したというより、「こういう音楽が人気になりつつある」というときに「ここなら勝てそうだ」というヤマっ気もあって、大して新しくもない音楽に、新しそうなジャンルの名前をつけて売り出したというところがあったのかなと思う。それは、差別化というありきたりな経済的な動きだったのかもしれない。

 

言い換えると、ジャンルが細分化していったのではなく、企業活動の結果、ジャンルを恣意的に割っていった側面がなかろうかと思う。昔、フライングロータス周辺の音楽をフリービートと言っている人がいて「ジャンルとは言えなくないか?」と思ったらあっという間にその名前を聞かなくなった。

 

一方で、ジャンルというものが提供してくれる「来てる感」「帰属感」「先端感」「興味持ってみようかな感」「若い僕らに鳴ってくれてありがとう感」は、他には得られない稀有なものだとも思う。僕も色んな音楽ムーブメントにウキウキした。ジャンルというのはそういう愛憎ウラハラなものでもある。

 

差別化、新しもの好きとか、ミーハーとかいう気質。世の中を動かすのはそれだろう。お陰で、毎年iPhoneも生まれ変わって我々は頻繁に驚けるし、退屈しないで生きていけて、実際に便利になることもある。

 

差別化、TwitterもインスタグラムもRSSリーダーも皆、アプリを立ち上げた後に現れてくる、既知の事柄と未知の事柄との差分を楽しむWEBサービスだ。差別化を求める心情は、単にある文脈が置かれて、その先を見たいという欲求なのかもしれない。

 

では、RSSリーダーとかTwitterを立ち上げて、なんにも文言が足されていない日々が千年も続いたらどうだろうか。一つの、一切修正されないテキストを毎日毎晩読む。そういう暮らしもありうるだろう。昨夜はそこらへんまで考えて眠くなって布団に駆けて行ったのだった。